行動模範・教育ポリシー・教育プログラム/Code of conduct, educational policies, and training programs
行動模範 Code of Conduct
当研究室は、創造的な科学を実践する上でDiversity(多様性)・Equity(公平性)・Inclusion(包摂性)(DE&I)が極めて大切であると考えています。当研究室は、さまざまな属性を持つ方々を尊重・歓迎し、自己実現に向けた取り組みを全力でサポートします。
DE&Iの実現は簡単なことではありません。なぜなら、社会に存在する多様なアンコンシャスバイアスを認識し、ひとつずつ取り除くことが必要だからです。私たちは、一歩ずつ最新の行動模範を学ぶことで、多様なメンバーで創造的な科学を追求できる空間を創りたいと考えています。
教育ポリシー Educational policies
当研究室のミッションは、世界トップレベルの能力を持つ人材を育成することです。優れた研究を実践することは、そのプロセスのひとつです。
当研究室は、高い能力を身に付けたいと考える方々をサポートし、キャリアパスの第一歩として相応しい場を提供したいと考えています。当研究室のトレーニングプログラムは比較的ハードだとは思われます。なぜなら、世界で戦える能力は簡単に身に付くものではないからです。しかし、その結果として得られる能力は、将来どのようなキャリアを歩むとしても必ず役に立つでしょう。修士課程では、科学的な調査・研究・発表を高いレベルで主体的に実行できる能力を、博士課程では、サイエンスをグローバルにリードするために必要な能力と資格を、ぜひ獲得してもらいたいと考えています。
特に、サイエンスを基盤にグローバルに活躍するという目標を持っている方々は、ぜひPh.D.取得を積極的に検討してください。なぜなら、アカデミア/インダストリーに関わらず、Ph.D.は専門家として認められるためのグローバルな資格として機能しており、Ph.D.がなければサイエンスをリードする職位を得ることは難しいからです。
日本でも、グローバルな基準で世界と対等に渡り合える人材の必要性が増し、Ph.D.が重視されるようになりつつあります。例えば、製薬業界においてPh.D.を重視する傾向が強まっています。島津製作所は、「グローバルな共同研究でリーダーシップを発揮するには、修士ではなく博士レベルでないと厳しい」ことから、Ph.D.育成プログラムを開始しています。
もちろん、Ph.D.があれば未来が拓けるとか、Ph.D.であれば優秀ということではありません。Ph.D.という世界共通ライセンスに相応しい能力を身に着けることが大切であり、当研究室ではそのためにさまざまな教育プログラムを準備しています。
教育プログラムの例 Examples of training programs
当研究室のトレーニングプログラムは、「文章を書く」「文章を読む」「考える」「説明する」といった基礎的・汎用的能力を鍛えることから始まります。皆さんは、「そのようなことは日常的に実践している」と思われるかもしれません。しかし実は、これらをプロフェッショナルのレベルで実践できるひとは、大学等卒業者でもそれほど多くありません。
上記の基礎的・汎用的能力を鍛えることと平行して、高い専門性に基づき主体的に研究を推進できる人材となるためのトレーニングも実施します。
ロジカルライティングのトレーニング
ロジカルな文章を書く能力は、最も重要な基礎的・汎用的能力のひとつです。思考整理・意思疎通・成果発表・グラントプロポーザル・就活など、あらゆる局面で優れた文章力が必要とされます。
実は、母語でもロジカルな文章を書けないケースは多数存在します。大学等卒業者が書いた文章でも、「トピックセンテンスがない」「主語と述語が対応していない」「修飾語と被修飾語の対応が不明瞭」「順接のロジックなのに逆説の接続助詞を使用」などの問題があることは珍しくありません。
その理由は、日本の教育においてロジカルライティングを学ぶ機会がほぼ存在しないからです。学ぶ機会がなければ、ロジカルライティングを知ることもできません。ロジカルライティングを知らなければ、ロジカルな文章が書けていないことに気付けません。
当研究室では、ロジカルライティングのトレーニングを配属直後から実施します。まず、ロジカルライティングの技術が体系的にまとめられた課題図書を数冊読んで頂きます。次に、母語でレポートを執筆する課題が継続的に課されます。レポートは、全体構成・パラグラフ・センテンス・単語の各レベルでチェックされます。学ぶ機会があれば―そして学びを継続すれば―文章力は必ず向上します。
英語のトレーニング
グローバル化が加速するにつれ、英語能力はますます重要になりつつあります。英文法を理解していなければ論文を正確に読めません。英語を書けなければ成果を知ってもらえません。英語を話せなければ国際的な取り組みに参加する機会は失われます。
DeepLなどの優れたツールが存在する現代においても、英語を学ぶ必要性はあるのでしょうか?私の回答は、現時点では、イエスです。DeepLは優れたツールであり当研究室でも活用を推奨していますが、専門家にとって十分な性能は持っていません。また、DeepLの出力結果の妥当性を判断するためには高い英語能力が必須です。
当研究室では、英語のトレーニングを継続的に課します。第一に、少なくとも自らの専門分野の論文は原文で読むことを強く推奨しています。第二に、The Elements of Styleなどの課題図書を読んで頂きます。第三に、各種ミーティング資料は英語で作成します。
論文の読み方のトレーニング
論文を読むことは、最も高度な知的営みのひとつです。さまざまな科学的基礎体力を鍛えなければ、論文を読むことはできません。
論文を読むことが極めて難しいタスクだと認識しているひとは、実は少ないのかもしれません。学生に「論文を読めていますか?」と聞くと、「はい、読めています」と返事をしてくれることが多いです。しかし、その学生に論文について質問すると、適切な回答が得られないことが多いのです。
私は、論文を読むとは、以下の5点を実施することだと考えています。
- 背景となる科学的知識を正確に把握すること
- 方法を原理から理解すること
- 著者の主張を正確に読み取ること
- 著者の主張の妥当性に徹底的な批判的検討を加えること
- その論文が生み出す未来を想像すること
当研究室では、論文の読み方をマスターするために、現代ライフサイエンスにおける重要論文をひとつ選択し、最初から最後までセンテンスをひとつずつ読み合わせるセミナーを実施します。その過程で、上記5つの能力を鍛えます。
Biotechセミナー
Biotechセミナーは、科学者にとって重要な能力を満遍なく鍛えられるイベントであり、当研究室における最も重要な教育プログラムのひとつと位置付けられています。
当研究室のBiotechセミナーは、2つのサブプログラムを含みます。
第一のサブプログラムでは、最新の学術論文を用いて、科学者として必要な能力を満遍なく鍛えます。具体的には、発表者の学生が、ライフサイエンスにおける直近の最重要論文を選択し、その学術的背景を説明します。その後、研究室メンバー全員でデータを精読し、徹底的な批判的検討や、その論文が生み出す未来の想像など、さまざまな観点から議論を展開します。ジャーナルクラブを通して、文献を漏れなく収集する能力・情報を体系的にまとめる能力・重要な論文を見抜く能力・論文を深く迅速に読む能力・批判的検討能力・わかりやすいスライドを作成する能力・わかりやすく説明する能力・議論する能力・アイディアを出す能力など、さまざまな能力が鍛えられます。配属直後の学生にとっては特に困難なプログラムですが、上級生がガイドを務めてくれますので、一歩ずつトレーニングを積むことができます。
第二のサブプログラムでは、最先端のバイオ企業をモデルに、バイオテクノロジーの社会実装に関する知識を習得します。バイオテクノロジー分野において、アカデミアとインダストリーは極めて緊密に連携しており、アカデミアの基礎的ブレークスルーは、インダストリーで迅速に社会実装されます。そのため、優れたバイオテクノロジー人材になるためには、最新の学術論文を読みこなす能力だけではなく、最先端のバイオ企業を対象にインダストリーの現状を深く理解する能力を養うことも重要です。具体的には、発表者の学生が、最先端のバイオ企業をひとつ選択し、IR資料と特許を読み解き、その技術および社会実装プロセスを説明します。その後、研究室メンバー全員で、その企業の強みやボトルネックを議論します。本サブプログラムは非常に珍しいものですが、基礎と社会実装の両方を高いレベルでこなせる人材となるために重要な経験が得られます。
研究のトレーニング
当研究室では、1人に対して1つのテーマが与えられます。そのテーマを推進する過程で、研究の企画・立案・実行・発表・フェローシップ獲得を主体的に実践するためのトレーニングを実施します。
チームミーティング
研究の進捗状況を、週1回の頻度でスタッフと議論します。目的に照らして研究戦略は適切に設計できているか?仮説を証明するために過不足のない実験がデザインできているか?実験ノートは適切に記載されているか?得られたデータから論理的に妥当な考察を導き出せているか?進捗を短時間でわかりやすく説明できるか?など研究者としての基礎的能力を徹底的にトレーニングします。このミーティングを通して、「考える」ためのロジカルシンキング技術も鍛えます。演繹と帰納・論理演算・コントロールの取り方・統計手法の選び方など、ものごとをロジカルに組み立てる能力や議論する能力を学びます。
全体ミーティング
研究の進捗状況を、2~3カ月に1回の頻度で研究室全体で議論します。発表者は、4回生でも理解できるように、背景・目的・研究戦略・仮説・実験デザイン・データ・考察を体系的かつ明瞭にまとめたスライドを作成して発表します。全体ミーティングでの発表を通して、スライド作成法やプレゼン法についても学びます。
ミーティングにおいては、発表者だけではなく参加者にもさまざまな義務があります。例えば、ロジックに基づき徹底的な批判的検討を行うこと、研究を大きく進展させ得るアイディアを提案することなど、さまざまな観点から貢献することが求められます。
日本学術振興会特別研究員への申請
博士後期課程進学予定者は、日本学術振興会特別研究員への申請にチャレンジします。
日本学術振興会特別研究員への申請は、研究者としての能力を高めるまたとないチャンスです。日本学術振興会特別研究員の申請書は、プロの研究者により審査され、採否が決定されます。つまり、研究計画策定能力・図表作成技術・文章作成技術などが高いクオリティに到達しているかどうか、プロの研究者に判断してもらえる貴重な機会であると言えます。
申請書は、当たり前のことですが、学生自身の力で作成します。そのプロセスにおいて、研究室メンバーからフィードバックを受けるゲートを設け、申請書の書き方を体系的にマスターしていきます。ある学生のケースでは、1月に申請書の作成を開始し、5月に完成するまでに16個のゲートを設けました。これほど長い時間がかかるのは、学生自身の能力を鍛えることを重視しているからです。
もちろん、学振に採択されたから優れた研究者になれるとか、学振に採択されなかったから優れた研究者にはなれないというものではありません。学振に採択されるかどうかは運にも左右されます。日本学術振興会特別研究員に採用されるかどうかとは無関係に、学生自身が一歩ずつ申請書を練り上げていくプロセスは、研究者としての能力を身に着けるために非常に有意義なものであると考えています。
イベントなど
全員参加の研究室清掃を月曜日と木曜日の09:30から実施します。Biotechセミナー・チームミーティング・全体ミーティングの予定は随時アナウンスされます。基本的には、火曜日の09:30からBiotechセミナーが開催されます。休日にイベントが入ることは基本的にはありません(学会などは除く)。
平日09:30~18:00を「研究室に在室していると見なされる時間帯」としています。ただ、就活・アルバイト・部活などの際はスタッフに連絡を入れて貰えれば問題ありません。「研究をあまりしなくても学位が得られるということですか」という質問を頂くことがありますが、大学のルール上、研究を十分に実施しなければ学位を出すことはできません。フレックスに近い運営スタイルを採用している理由は、主体的に自らのプロジェクトをコントロールして推進できる環境を整えるためです。
以上、教育プログラムの一部を記載しました。これらのプログラムをこなした学生たちは、製薬・食品・化学・IT・コンサル・金融・アカデミアなどさまざまな領域で活躍しています。